心の痛みを身体から手放す

 悲嘆は身体化するため、私たちは自分の身体に恐れさえ感じることが度々あります。望んでもいない震えや赤面、口の渇き、手足の冷え、喘息、偏頭痛、睡眠障害、摂食障害、チック、頻尿、腹痛、関節の痛みなどは、私たちから平静と幸福感を奪い、今ここにいる感覚を麻痺させていきます。症状が勃発すると、意識は今ここから分離され、この状況から逃れようと様々な考えをめぐらせるものの、どれも無意味なものに終わってしまい、自分の身体に安心することができず、24時間戦闘モードの状態が続きます。

 

 自分の身体と和解する作業は、人生の中で誰もが取り組んでおきたいことです。その手段がグリーフヨーガセラピーの身体運動です。方法はいたって簡単です。ある程度の刺激を筋肉に与えるためのポーズを行いますが、それが出来るようになるための練習は必要ありません。ポーズは、刺激を受けている自分の筋肉状態を、痛みとして認識していた自動的な反応から、新たな反応の仕方に学習するためのドリルです。意識した呼吸を使いながら行い、無理のない受け入れ状態へ自律的に誘導します。

 

 グリーフヨーガセラピーを行うことにより、自動的な身体反応に支配され、痛みに対して為すすべがなかった無力感から、痛みの捉え方を変えていけるようになります。痛みに対して適切な判断と行動がとれるようになるのです。その時あなたは、苦しみと一体になっていた状態から、苦しみから一歩引き、それと向き合う側に立場が変わります。あらゆる治癒は、この傍観者の意識になることがスタート地点になるのです。


自分の身体と和解する

 周りの反応を気にして、抱えている苦痛を抑圧したことは誰にでもあると思います。これが、自然なふるまいや健全な理解と判断力を低下させる原因になるのです。心の痛みは自分が弱いからだという思い込みがあり、悲嘆やトラウマを否定している人は少なくありません。しかし、身体と心がつながっている以上、対処されない心の問題は、刻一刻と身体化する事実を否定することはできないのです。

 

 身体と心には、痛みを抱える能力も解放する能力も、表裏一体で備わっています。悲しみに伏した状態から新たな力を出すために、心についての知識を自分に備えれば、癒しと解放の手段になります。そんな勇気に、智慧の手が差し伸べられ開かれていることを忘れないで下さい。


過去は記憶であることを受け入れられるようになる

 私たちは、トラウマになっている記憶を癒すことができます。そのために、過去は過去であることを身体で理解する必要があります。この助けになるのが、観察する訓練です。言語を通して吐き出す解放のプロセスもありますが、同時に自分の内側の状況を観察できる意識を持って下さい。客観的に物事を捉える意識が育つに連れ、過去の思い出し方が変化していくようになります。自分の状態を観察できるようになると、言語を使って第三者に打ち明け、追体験する際のツラさも軽減されます。

 

 私たちの人生は、一難去ってまた一難と言われるように、予期せぬ出来事に遭遇します。そうした時、セラピストに助けを求められる環境は、いつでもあるわけではありません。ですから、本当にあなたに必要なのは、セラピストでも様々なヒーリングでもなく、あなた自身が自分を癒せるようになるすべを備えることなのです。

 

 そのために、特別な人でないとできない方法では役に立ちません。自分でできる方法が必要です。もし今許されるなら、自分から一歩引いて観察できるようになる訓練をしておいて下さい。自分の身体と心を観察できる客観視の意識は、生涯死ぬまであらゆる状況からあなたを守り、痛みを手放し、癒し、勇気と前進の力を与えてくれるでしょう。


自分の力で新たな人生を迎え入れる

 過去に対する身体面と心理面の自動的反応を、新しい環境に順応できるよう、自分自身の適応力や順応力を引き出すための働きかけをしなければなりません。同時に身体が自らを癒すための状況を、身体と心に作り出していきます。悲嘆やトラウマ、心の問題は、私たちにとって苦しいだけの経験に見えますが、私たち人間は、経験によって成長していく存在であることを、智慧の次元から理解する必要があるでしょう。苦しみから自分を深め、人生の質を高めることができるかどうかは、ツラいからと言って逃げてばかりではなく、起きたことをきちんと体験し、受け入れ、静観するかどうかにかかっています。

 

 グリーフヨーガセラピーは、身体運動、呼吸法、リラックス、瞑想を介して痛みに気づいていきます。それは、ツラい悲しみを追体験するものではありません。自分の身体に「苦痛」という動きがあることを、あなた自身が見抜くためのものなのです。例えば、亡霊にあなたの身体を乗っ取られたとします。この状態を解放するために他者に除霊を頼んでも、あなたが自分の身体に無意識であるかぎり、同じことが繰り返されます。大事なのは、自分に起きている事であってもあなたがそれを観察し、その状態から一歩引くことができた時なのです。今この瞬間を生きる意識に立ち戻ることなのです。

 

 身体運動を利用して、緊張した筋肉をリラックスモードに導き、物事を受け入れる心の器を生み出します。24時間戦闘モードであった状態で、痛みや過去を受け入れていた時と、受け入れる状態に整えて静観する違いをハッキリ実感できます。その時、悲しみを受け入れることは、人間にとってレッスンであることを静かに悟るでしょう。それは、過去の痛みも苦しみも、憎しみも癒され、愛に昇華していく瞬間なのです。

 

 痛みを愛へ昇華させていく、その過程をサポートさせていただければ幸いに思います。  畠山桂子著