皆様からのご感想

「心の解剖学は、私の中に今までなかった見方で、自分と心について学ぶ場です。 心を学ぶ方法は様々ありますが、私はJuna先生にしか語れない、優しくて、しなやかで、それでいて魂のこもった強さのあるメッセージを、目的を共有した方々とともに、目の前で受け取れることが有意義だと感じています。 心と身体はつながっている。 学びとヨーガを通して、その意味が腑に落ち、今までの行動を変えるモチベーションになっています」

「いやな過去や、後悔。 たくさんの想いを抱えて今を生きることが辛くなっていないでしょうか? 自分を振り返って、自分を責めたり。 それは、あなたのせいではなく心のせいらしい。 心は、実は私ではなくコントロールできる相手だそうです。 心を理解することで、自分を解放することを学び、心に左右される人の性質を理解することで、周囲の人とどう付き合っていくべきかを知ることができます。 半年をかけて、じわじわと自分の変化を体感します。 半年が長いと思うかもしれないですが、月1の智慧の学びは実生活で、体感して身になります。 自分を癒やすために、そして自分の周りにいる人を癒やすために、心って何なのか学んでみませんか? 長い間、私を苦しめたトラウマや、想い癖から解放されました。 同じ感動と、新しい人生の目標を共有しましょう!」

 

 

 見るものと見られるもの。 ここを分別できずに同一化してしまうことが苦しみの構造。 「私」を構成する身体そして心は、見るものと見られるもの、そのどちらに属するのか。見るものである「私」の実態は何なのか。 そして、 なぜ人は死を恐れるのか・・・ この問いは、なぜ人は幸せを求めるのか、ということと構造的には一緒であること。 般若心経はこの世にまだ肉体がある私たちのためのもの。 食べる、飲む、働く、遊ぶといった経験だけでは苦しみの構造からは抜けられないよ、ということを説いてくれていました。 そのために神様もまた、肉体の老化というプロセスをちゃんと私たちに与えてくれているのでしょう。 「案内人なしに道に入るものは誰であれ2日の旅が100年かかるだろう」 何年も同じところをグルグルしていませんか。 心のことを、身体の構造を説明するように、レントゲン写真を解説するように、客観的に説いてくれる人に出会っていますか。 魔法や手品のように魅せられて終わりではなく、メカニズムを自分で理解しようと思いませんか。 精神的な学びにはガイドが必要です。 心の解剖学では、月1回の回講座、つまり半年をかけてこの境地まで学んでいきます。 長いですか。 忙しくて先の日程調整はちょっと無理、ですか。 でも、そのグルグル、何年先まで持ち越すつもりですか?

「私の心の解剖学での学びは、色々な情報が降りかかり自分の心が騒ぎ出しても、私、今ざわついている、今やらなきゃいけない事は何だろうって、一旦立ち止まる事が出来るようになり離れて行った心が身体に、スーって戻ってくるのを体感しています」

 

「心の解剖学を学ぶと、冷静に生活できるようになると思います。いろんな感情が湧き上がる毎日だけれども、感情に振り回されず、感情の手綱を自分が握っているんだと思えます。ヨガと解剖学を一緒に受けてほしいです」

「心の解剖学を学ぶことを検討されている方は、迷わず学ぶことをおすすめ致します。本講座を学ぶことによって、心とは何か?、心とどのようにつきあえば良いか?を具体的に把握し、参加者御自身や他者の心に向き合うことが可能になります。juna先生自身の身をもって学んだ智慧や慈愛からの言葉は、毎回、胸に迫るものがあります」